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中島岳志さんの「アジア主義」を読んで考えた

中島岳志「アジア主義」西郷隆盛から石原莞爾へ」潮文庫


やはり中島さんの言説は気になるので読みました。

性急な改革を目指すのではなく、伝統的で共同体的なつながりの中ではぐくまれてきた価値観を守りつつ、リベラルな視点で公共的な課題の解決を目指していく、という<リベラル保守主義>という、中島さんの位置取りに共感する部分がどこかにあるのだろうと思うのです。(大雑把な言い方で申し訳ありませんが、大体こんな感じだったと思います)



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田舎で地域のボランティアなどを手伝っていると、古くからある人間関係や利害関係が行政の意思決定の在り方に微妙に絡んでいく様を見たりすることがあります。市町村単位では国家レベルの政治思想とかはお呼びでないわけで、限られた財源を如何に住民の納得の範囲の中で配分するのか、その中でいかに社会的弱者に対する福祉を実現させていくべきか?といった公共的な課題を巡るミクロな駆け引きが住民と議会と役場の間の水面下で繰り広げられるわけです。


ここには全国政党の綱領とかアジェンダとかは必要ありません。むしろ地域の政治=行政はそうあるべきで、党の方針とかに拘束されて地域の課題解決を複雑化・硬直化させる方が罪深いわけです。恐らく、あらゆる政治思想はこうしたミニマムな政治をも包括できる視野を持つことが大事なのだろうなどとつくづく思う訳です。


そう思った時に思い浮かぶ反論は、地域エゴイズムとか、視野狭窄、地球規模の課題解決につながらない、とかの指摘なのでしょう。原発の誘致とかの問題はまさにそんな地域第一の考え方が原因だったりするのでしょう。


地域観念を市町村単位ではなく、県域とかに拡張してくと、景色が少し変わって見えます。それをさらに拡大していくと、国という地域性になり、さらに拡大すると、地政学的な区分が見えてきます。<アジア>という概念は相当に広い地理的な広がりを持っていますが、<世界>と比べてみると、やはりどこかで地域的=ローカルな概念であるという事は忘れないようにした方が良いと思うのです。


なぜなら地域観念がどれだけ広がっていったとしても政治(地方政治という意味で)がそこに暮らす人の幸福と安全を担保できなければ意味がない、という原点はどこかでしっかりと考えておく必要があるのでしょう。



さて、中島さんの取り上げた「アジア主義」とは、明治維新以降の日本に生まれた、「アジアは一つ」という考え方を核とした、初期には西欧帝国主義諸国に圧迫もしくは搾取される(日本以外の)アジア諸国に対する純粋な同情と連帯の志から出発したのにもかかわらず、最終的には「大東亜共栄圏」「八紘一宇」という自らのアジア諸国に対する帝国主義的な振る舞いを正当化する思想に行きついてしまった一連の<思想>の総称です。


しかし、その細部を見て行けば、それぞれの変遷や変節、亜種や変種など様々で一言では言えるものではないようです。その様々なありようを、時代を追って丁寧に紹介してくれているとてもナイスな本でした。通史的な入門書として読んだうえで、個々の<思想>の探求に向かうという方法もあるのだろうなあと思いました。嫌韓派や嫌中派の方たちに是非読んでいただきたい本です。


最終的には侵略戦争の正当化に行きついてしまった「アジア主義」ですが、その変化の過程の中で中島さんが救い上げようとしている、アジア主義の原石みたいなものが幾つかあるようです。西欧キリスト教文化に対置する、東洋思想としての「不二一元」「多一」という観念。帝国主義的「覇道」に対する「王道」。これらの再評価を通じて、アメリカ一強体制の終焉に備えた、未来的な「思想としてのアジア主義」の再興を目指したい、というのが中島さんの言いたいところのようです。


最初期の<アジア主義>者である岡倉天心が唱えた「不二一元」とは、インドのバラモン教からヒンドゥー教、そして仏教の考え方にも伝わっている、自我(アートマン)と宇宙原理(ブラフマン)は同一かつ一体であるという「梵我一如」とほぼ同じ意味。仏教では<一>である個は、<一>でありながら<多>と同一かつ一体であり、<多>をも包摂しているという世界観に通じる、アジアに広く伝播した世界観のこと。(西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」という哲学にもそれは色濃く伝わっています。その西田が率いる京都学派が戦時中に行った振る舞いに関しては留意しておく必要があると思います)


その<一>を個々のアジア諸国、<多>をアジア全体とした時、単なる地理的アジアとは全く違った<アジア>が見えてきます。それに加えて、天意を受け、<覇道>をしりぞけ、徳をもって世を収める、という儒家の<王道>が合わさったものが<思想としてのアジア主義>として結実してきます。しかし、初発の動機としてはシンプルで、ある意味純粋である<アジア主義>ですが、ことごとく最終的には日本帝国主義の<覇道>の自己正当化の道具になってしまいます。


中島さんは、岡倉天心と宮崎滔天が(思想的に)出会えなかった悲劇、その他にも出会い損ねたいくつかの思想を列挙します(いま思い出さない。忘れた。。)果たしてそうでしょうか?<アジア主義>は正しく出会えたら正しい<思想としてのアジア主義>になるのでしょうか?


本書には日本以外のアジア主義的な考えを持つ、インドや中国、朝鮮の思想家・運動家も紹介されていますが、少なく見積もっても彼等は自国の地域的な課題・ニーズを手放す事はありません。それはそうです。インドの独立運動は一義的には英国との戦いにどう勝ち抜くのか?だし、ましてや中国や朝鮮にとっての課題は今や西欧帝国主義国家に並んで植民地主義的=侵略的行動を進める日本帝国主義からの自立だったりするわけですから。だから彼らは思想的な連帯を大義として掲げつつ、実質的・物理的な援助としては金と武器の提供を日本の<同志>に求めるわけです。<思想>を求めることはないのです。


日本発の<思想としてのアジア主義>に崇高な意味づけ=西欧文明に連帯して対抗するアジア、という意味付けを与えようとしても、そもそもの日本発の<アジア主義>も日本と言うローカルな環境の中で、自由民権運動を背景に生まれてきたわけで(この辺長くなるので省略)あくまで、日本という地域性に拘束されるものでしかなかった、という事は、本音は金と武器といったアジアの同志のアクチュアルなニーズと同様に、日本の<思想>も同等に地域性に拘束された、民権運動を経て日露戦争を契機とする国粋主義=日本スゴイ!主義の流れの中で帝国主義的国策に回収される事は必然な流れなのではないでしょうか。


相手の事を慮って、良い提案をいろいろしてあげているのに、(遅れた国情の所為で)(進んでいる)こちらの真意・心情を理解できずに勝手な事をするのは怪しからん、という論理構造は明治維新を経て他のアジア諸国に一歩先んじて西欧型先進国の仲間入りを果たした(と主観的に思っていた)日本人共通の認識でした。


これこそ地域性の持つ視野狭窄であり、地球規模の課題解決とは無縁の夜郎自大な思い込みです。明治の知識人もこの地域性の罠から自由になることはできなかった。どこまで行っても<アジア主義>とは<日本の地域性に拘束されているアジア主義>でしかなかったし、それ以外にあり得なかったわけです。その事に自覚的でなかったからずっと片思いのままで、始末の悪い事に逆切れで終わる恋なんですね。(なんか男女の恋愛に例えると、アジア主義批判は簡単そうですね)


西欧と東洋の対比。東洋の独自性を再評価する。それを対米従属からの離脱の契機とする。といった流れでオルトライト的な言説とは一線を画していると思いますが、なぜか本書はどこか左派系の対米自立戦略と少し共通する匂いがします。いや、違うか。左派系の対米自立戦略こそ、自立後の受け皿探しの中で<思想としてのアジア主義>に合流するのか?などと思ったりします。


いっそ、中国が最近言っている「一帯一路」をグローバル経済下における、孫文の外孫的<アジア主義>の変種と見るとすると、それに乗ってみるという選択肢を検討するくらいでないと、対米自立は遥か先の夢ではないでしょうか。などと乱暴な事を言って終わります。ご清聴ありがとうございました(笑)




by votanoria | 2017-08-26 10:49 | | Trackback